「終の棲家にしたい」という希望は大切です。ただし、資金計画では、将来そこを離れる可能性も考えておきます。健康状態、配偶者との暮らし、家族の居住地などが変われば、住まいに求める条件も変わるからです。10年後の施設入居は一つの仮定であり、必ず起きる出来事として恐れる必要はありません。
建て替えをやめるか、全額を使って理想の家を建てるかの二択にする必要もありません。自宅で暮らす期間の快適さを確保しながら、住み替えに使える現金と、家の扱いを選べる余地を残します。将来の変化があっても家計と家族が困りにくい計画か、契約前に確かめることが大切です。
住まなくなっても家の費用は残る
施設へ移ると、自宅の維持費がすべて消えるわけではありません。税金、保険、点検、庭の管理、残るローン返済などは、所有と契約の状況に応じて続きます。空き家になった場合には、誰が管理し、どの頻度で訪れるかも決める必要があります。施設費だけを家計へ追加して終わらせないことです。
配偶者が自宅に残る場合は、二つの場所の生活費を考えます。施設へ移る本人の費用と、家で暮らす人の食費、光熱費、交通費が同時に必要になるからです。夫婦の年金を単純に半分ずつに分ければよいとは限りません。それぞれの収入と、共通で負担する支出を具体的に整理します。
厚生労働省は、介護サービスの利用者負担に加え、施設によって食費や居住費などが必要になることを案内しています。負担軽減の制度も適用条件があります。広告に出ている月額だけで判断せず、希望する施設で何が含まれ、何が別なのかを確認することが、住み替え資金を考える出発点です。[6]
月額の不足と最初に必要なお金を分ける
仮に、施設で必要な費用を月22万円、自宅を残す維持費を月1万円、本人の手取り年金を月16万円と置くと、不足は月7万円、年84万円です。同じ条件が10年続く単純計算では840万円になります。これは相場や将来の負担を示す予測ではなく、毎月の差額が長期では大きくなることを確かめる例です。
この例には、入居時の費用、医療費、個別のサービス、物価変動、配偶者の家計などを入れていません。実際の比較では、必要なお金を最初の一時支出と継続支出へ分けます。入居時に現金が必要なのに、自宅の売却代金がまだ入らない場合も考え、支払いの時期まで予定表へ記載してください。
預貯金からの取崩し額は、建て替えに使う資金と別に考えます。日本FP協会が紹介するような、ライフイベントと家計の収支を年ごとに並べる表を使うと、どの時点で資金が少なくなるかを確認できます。施設へ移る年を固定せず、早めの場合と長く自宅に住む場合を比べると判断しやすくなります。[67]
売却代金を確実な老後資金にしない
家を売って施設費に充てる選択はありますが、希望額で希望時期に売れる保証はありません。立地、建物の状態、土地の条件、市場の需要などで変わります。建築費をかけた分だけ売値が上がるとも限らないため、「高性能だから将来高く売れる」という説明だけで建築予算を増やすのは避けたいところです。
売却の試算は、価格そのものと、手元に残る金額を分けます。残債、仲介等の費用、必要な修繕や片付け、税金の扱いを確認します。税額や特例は個別条件によるので、利用できると決めつけず専門家へ確認してください。残債を差し引いた後に資金がいくら残るかで、住み替えに使える額を判断します。
契約前から将来の売却価格を細かく当てる必要はありません。地域の不動産事業者へ、一般的に需要がある広さや駐車条件、売却時に説明が必要な土地の事情を聞くことはできます。本人の暮らしを優先しつつ、極端に特殊な設備や間取りへ費用を集中させる理由があるかを、冷静に考えてみましょう。
賃貸に出せば家賃が入るとも限らない
売らずに貸す場合も、家賃収入をそのまま施設費へ充てられるわけではありません。募集、空室、管理、修繕、税金、保険などを考えます。仮に月10万円の家賃が見込まれても、年間120万円を必ず得る計画にはできません。管理を任せる事業者から、収入と費用を分けた条件を示してもらいます。
自宅の住宅ローンが残る場合は、賃貸へ変える前に金融機関へ契約条件を確認します。居住の条件や必要な手続きは、融資商品や個別事情によって異なります。また、将来自分が戻る可能性があるなら、賃貸借契約の種類や終了条件も専門家へ相談します。思いついたとき自由に戻れるとは考えないことです。
家族に貸す、子どもが住むという案も、本人たちの意思を確認してから計画へ入れます。子どもの転勤や住宅購入の予定は変わる可能性があります。「いずれ引き継ぐはず」という期待で広い家を建てると、使い手が決まらないまま維持費だけ残ることがあります。予定と確約を分けて話し合いましょう。
建て替え時に選択肢を残しておく
将来のために行う準備は、必ずしも高価な設備ではありません。点検や交換をしやすくする、図面と修繕記録を保存する、過度に複雑な管理を避けるなどの工夫があります。本人が管理できなくなっても、家族や別の業者が状況を把握できれば、自宅を残す、貸す、売るという判断を進めやすくなります。
施設や住み替え先は、必要が切迫してから初めて調べるより、元気なうちに大まかな選択肢を知っておく方が予算を考えやすくなります。厚生労働省の介護サービス情報公表システムでは、事業所や施設の情報を比較できます。実際の費用や空き状況、入居条件は候補先へ確認し、広告だけで決めないことです。[68]
家族には、自宅を残したいか、必要なら売却してよいか、管理を誰へ相談したいかを共有します。名義、ローン、連絡先、書類の保管場所も整理しておくと役立ちます。ただし、話し合いのメモだけで法的な手続きが完了するわけではありません。必要な契約や相続等の準備は、状況に応じて専門家へ相談します。
住宅会社には「長く住む場合と、10年ほどで住み替える場合の両方で、残るお金を考えたい」と伝えてください。終の棲家は、将来の選択肢を失ってまで完成させるものではありません。いま快適に暮らす価値と、その後の生活を選べる資金を両立させることが、シニアの建て替えで大切な視点です。










