定年までに住宅ローンを終える目標には意味があります。ただし、そのために生活資金を使い切るなら、安心を別の不安に置き換えている可能性があります。完済年齢の見栄えより、退職後の毎月の収支と手元資金を一緒に確認することが先です。
「借金を残したくない」という気持ちは尊重します。一方、夫婦の年金、貯蓄、退職時期、今後の支出は家庭によって違います。昔からの常識だけで頭金や繰上返済額を決めず、完済を急ぐことで何を得て、どの資金を失うかを数字で比べましょう。
完済すれば減るもの、残るものを確認する
完済すれば、その後のローン返済はなくなります。しかし固定資産税、火災保険、点検や修繕、設備交換などの住居費は続きます。「住宅費がゼロになる」という説明で安心すると、完済後の家計にも毎月お金が必要なことを見落とします。
また、繰上返済に使ったお金は、通常の預金のように後で引き出せません。再び融資を受けるなら、その時点の収入や年齢等の審査が必要になります。退職前にできた借入れが、退職後にも同じ条件でできるとは考えない方がよいでしょう。
定年という日付は家計が変わる節目ですが、それ自体が「全額を返すべき日」を意味するわけではありません。退職時に給与が下がるのか、働く時間が変わるのか、年金はいつ始まるのかを並べ、実際の資金の流れに合わせて決めます。
返済を急ぐ効果を、残る現金と並べる
仮定の計算例として、残元金800万円、残り10年、年2%が続く元利均等返済なら、月々約7万3,611円、今後の利息は合計約83万円です。繰上返済手数料や税金等は含みません。全額返済すれば、この条件の返済と利息負担をなくせます。
しかし、現預金1,200万円から800万円を返すと、残る現金は400万円です。返済しなければ現金1,200万円と借金800万円が残ります。両案を比べるときは、預金だけを見て豊かになったと判断せず、毎月の負担と資金を使える余地を確認します。
もし数年以内に車や治療等で300万円を使う予定があるなら、400万円という残高の見え方は変わります。逆に年金等から生活費と住居維持費を十分に賄え、別の予備資金もあるなら、完済が家計を分かりやすくする場合があります。
一部返済という中間案を捨てない
全額を返すか、一円も返さないかの二択にする必要はありません。必要な現金を確保しながら一部だけ繰上返済する案もあります。返済期間を短くする方法と、毎月の返済額を抑える方法では、その後の家計への効き方が違います。
期間を短くする方法は、同じ条件なら利息軽減につながりやすい一方、直近の月額が十分に下がるとは限りません。退職後の毎月の赤字を減らしたいなら、返済額を見直す案も比較します。手続の可否、最低額、手数料は借入先へ確認してください。
住宅金融支援機構のシミュレーションでは、毎月の返済額に加えて、諸費用を含む支払額の比較もできます。自分のローンの残高、金利、残期間を使い、「何歳で終わるか」と「何万円残るか」を同じ表に置きましょう。[2]
退職後の収入を額面のまま使わない
年金や再雇用の収入は、家計で使える金額に直して確認します。年金振込通知書には支払額、税や社会保険料、控除後振込額が分かれて記載されます。受給前なら見込額から実際に必要となる負担を確認し、額面すべてを生活費に使えるとは置きません。[3]
配偶者の退職時期も重要です。夫の定年時には妻の収入があるから返済できても、その数年後に世帯の手取りがさらに減る場合があります。返済計画の区切りを夫だけの年齢に合わせず、夫婦それぞれの収入が変わる年を確認します。
再雇用を続けられた場合と、予定より早く辞めた場合の二つを比べます。働くことを否定する必要はありません。ただ、働かなければ毎月の返済が直ちに行き詰まる計画では、健康や家族の事情が変わったときに選択肢が狭くなります。
何を安心と感じるかを、判断条件に置き換える
借金があることへの不安と、預金が少なくなることへの不安は、夫婦でも異なります。一人は毎月の引落しをなくしたく、もう一人は入院等に備えたいかもしれません。どちらが正しいかを争う前に、不安の対象を金額と時期へ置き換えてみます。
例えば「現金は最低600万円残す」「年金だけになった時点で毎月の不足を2万円以内にする」といった条件を仮に決め、全額返済と一部返済を比べます。この金額は万人の目安ではなく、夫婦で比較するための例です。満たせない場合は住宅の総額も調整します。
退職直後は家計の実績がまだ少ないため、予定していた支出と現実の差を確認する期間を設ける考え方もあります。その間に払う利息を把握したうえで、年金や保険料の通知がそろった時点など、次に判断する日を決めておけば、漫然と返済を先送りせずに済みます。
繰上返済の資金に相場が変動する資産を充てるなら、売却後の手取りと現金になる日も確認します。保有額をそのまま返済額へ転記せず、必要な生活資金と分けてください。借金を減らすために別の資金不足をつくらないことが、判断の条件になります。
建て替えのタイミングも含めて見直す
既存のローンを返した直後に、新しい家の建築費を全額使うなら、二つの大きな支出が重なります。既存債務、新築資金、仮住まい費用を別々の担当者の説明だけで判断せず、世帯全体でいくら出ていくかをまとめて確認してください。
家が安全に使える期間や修繕の必要性も見ながら、工事を急ぐ案と時期をずらす案を比べます。延期すれば必ず安くなるとは限らず、修繕や物価変動もあります。だからこそ「定年前に終わらせたい」という期限だけで、契約条件を急いで固めないことです。
私は、定年後の生活を守るために建て替えるのであれば、その準備で現金をなくす順番には慎重になるべきだと考えます。借入れを少なくする工夫と、手元資金を守る工夫は両立できます。建物の総額も含めて比較することが、無理のない完済への近道です。
金融機関には「全額返済、一部返済、今の返済を続ける場合の三つで、月額・利息・手元資金を比較したい」と伝えてください。目標は、定年の日に借金ゼロと書くことだけではありません。返したあとも必要な支出を選べる家計をつくることです。










